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スノーボードブログ | rew outerwearや、TRITON BASICS TKY、VOLUME Gloves,などをデザインするakila30のブログが登場!

    rewデザイナーのブログ 「ロックで行こう!!」

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    【業界裏話】の記事一覧

    さて、25〜26歳だった僕らは、今はそれぞれの道を歩んでいる。ご存知の方も多いと思いますが、僕は、勤めていた会社が倒産し、取り扱っていたブランドrewind(カナダ)も資金難で倒産。半年後、オリジナルブランドrewを立ち上げ、8年目を迎える。現在は、rew(aa),triton, fonica cc, volume gloves を取り扱っている。

    Uさんは、米国駐在後日本に戻り、販売不振だったfulxバインディングを再建。某車の友社のES事業部の総責任者となった。flux, inf snow, newtype, negril,X5などを取り扱う。会社員として成功をおさめている。
    今シーズンもお世話になります。flux様!

    見た目は中国人みたいなCさんは、アメリカで、いろいろ仕事をしていたようだが(古着屋が捨てた、古着の中から、使えそうな物を拾ったり)上手く行かず帰国。その後、友人と、インターネットでスノーボードの並行輸入販売をスタートしたが、儲からず、サーバー自体のレンタル(ホスティング)を始める。そのビジネスが軌道に乗り、その後、その会社を上場する。今や渋谷のセルリア○タワーにオフィスを構える、上場会社の副社長。さらに別のIT系会社の社長も務める。

    1990年台のカリフォルニアを楽しみ、必死になって働き、スノーボードのことばかり考えていた3人も、後数年で40歳になる。
    世の中企業ブームで、誰も彼も企業する時代。テレビを見ても成功していくら儲かったって金の話ばかり。
    でも、何か忘れている様な気がする。
    少なくとも、あの頃、この3人は楽しく一生懸命仕事していた。お金のことや、成功したいなんて話を一度もしたことがなかった。スノーボードのことや、もっと良い製品を作りたいって話ばかりしていた。一生懸命働いていたら、今の自分があるって感じだと思う。別にこうなりたいって思ってなったわけではないと思う。

    さて、25〜26歳だった僕らは、今はそれぞれの道を歩んでいる。ご存知の方も多いと思いますが、僕は、勤めていた会社が倒産し、取り扱っていたブランドrewind(カナダ)も資金難で倒産。半年後、オリジナルブランドrewを立ち上げ、8年目を迎える。現在は、rew(aa),triton, fonica cc, volume gloves を取り扱っている。

    Uさんは、米国駐在後日本に戻り、販売不振だったfulxバインディングを再建。某車の友社のES事業部の総責任者となった。flux, inf snow, newtype, negril,X5などを取り扱う。会社員として成功をおさめている。
    今シーズンもお世話になります。flux様!

    見た目は中国人みたいなCさんは、アメリカで、いろいろ仕事をしていたようだが(古着屋が捨てた、古着の中から、使えそうな物を拾ったり)上手く行かず帰国。その後、友人と、インターネットでスノーボードの並行輸入販売をスタートしたが、儲からず、サーバー自体のレンタル(ホスティング)を始める。そのビジネスが軌道に乗り、その後、その会社を上場する。今や渋谷のセルリア○タワーにオフィスを構える、上場会社の副社長。さらに別のIT系会社の社長も務める。

    1990年台のカリフォルニアを楽しみ、必死になって働き、スノーボードのことばかり考えていた3人も、後数年で40歳になる。
    世の中企業ブームで、誰も彼も企業する時代。テレビを見ても成功していくら儲かったって金の話ばかり。
    でも、何か忘れている様な気がする。
    少なくとも、あの頃、この3人は楽しく一生懸命仕事していた。お金のことや、成功したいなんて話を一度もしたことがなかった。スノーボードのことや、もっと良い製品を作りたいって話ばかりしていた。一生懸命働いていたら、今の自分があるって感じだと思う。別にこうなりたいって思ってなったわけではないと思う。

    打江中条
    この人が車の友社Uさん   この人がCさん 中国人みたいですけど、日本人です。


    皆さんお盆休みはいかがお過ごしですか?僕はぼちぼちやってます。今回の話は、ちょっと昔の話。
    1990年代スノーボードの創世記に、僕はこの二人と出会い、今ここにいるのだ。この二人なくしては、今の僕はありえない。1993年ごろ、銀座の老舗商社に勤めていた僕は、スノーボードのビジネスを開始した。入社3年目の社員の企画を会社もよくオッケーしたものだけど、初めに選んだのが「サーマル」って会社の「5150」ってブランド。Cさんは当時、ロサンゼルスでエージェントみたいなことをやっていて、若い二人は粘り強く交渉し、代理権を獲得した。その後、販売するにあたって日本で多くのショップを「車の友社」のUさんに紹介してもらった。見ず知らずの若者にいろいろ親切に教えてくれたのがこのUさん。その後、Uさんがロサンゼルスに転勤が決まって、ロスに知り合いがいないということで、Cさんを紹介し、引っ越しの手伝いとか、いろいろなことを手伝ったのがこの3人の関係。その後、僕がロスに出張に行くたびにサーフショップ周りしたり、Uさんの家に遊びに行ったりしたんだよね。その3人が、10年ぶりぐらいに集まって飲んだ。楽しかったし、ずいぶん月日がたったなって感じた。自分はあまり変わっていないと思っているけど、長いことスノーボードに関わっているな。
    3人とも熱い若者だったな!いまも熱いけど!
    この若者達が10数年後どうなったか?それは後編につづく!

    ちなみ5150SNOWBOARDSは日本で大ヒットし、3年後、工場であるサーマルはライドに買収され、その後ライドはK2に買収された。K2はカリフォルニアにあったサーマル工場を中国に移設した。


    打江中条
    この人が車の友社Uさん   この人がCさん 中国人みたいですけど、日本人です。


    皆さんお盆休みはいかがお過ごしですか?僕はぼちぼちやってます。今回の話は、ちょっと昔の話。
    1990年代スノーボードの創世記に、僕はこの二人と出会い、今ここにいるのだ。この二人なくしては、今の僕はありえない。1993年ごろ、銀座の老舗商社に勤めていた僕は、スノーボードのビジネスを開始した。入社3年目の社員の企画を会社もよくオッケーしたものだけど、初めに選んだのが「サーマル」って会社の「5150」ってブランド。Cさんは当時、ロサンゼルスでエージェントみたいなことをやっていて、若い二人は粘り強く交渉し、代理権を獲得した。その後、販売するにあたって日本で多くのショップを「車の友社」のUさんに紹介してもらった。見ず知らずの若者にいろいろ親切に教えてくれたのがこのUさん。その後、Uさんがロサンゼルスに転勤が決まって、ロスに知り合いがいないということで、Cさんを紹介し、引っ越しの手伝いとか、いろいろなことを手伝ったのがこの3人の関係。その後、僕がロスに出張に行くたびにサーフショップ周りしたり、Uさんの家に遊びに行ったりしたんだよね。その3人が、10年ぶりぐらいに集まって飲んだ。楽しかったし、ずいぶん月日がたったなって感じた。自分はあまり変わっていないと思っているけど、長いことスノーボードに関わっているな。
    3人とも熱い若者だったな!いまも熱いけど!
    この若者達が10数年後どうなったか?それは後編につづく!

    ちなみ5150SNOWBOARDSは日本で大ヒットし、3年後、工場であるサーマルはライドに買収され、その後ライドはK2に買収された。K2はカリフォルニアにあったサーマル工場を中国に移設した。


    ブログネタ
    スノーボード に参加中!
    米男28ことライス28の創始者C君を紹介するぜ!
    このブログは、スノーボードウエッブサイトマガジンハードコアサイト部門NO1(勝手に決めている)、のHEAVYSNOWKERによって運営されていますので、もちろん本人の許可はいっさい取っていないぜ!

    C君とは知り合ってもう12年ぐらいなると思う。そんなに親しかった訳ではないけど、最近仲良くさせてもらってます。この男がすごいのが、そしてちょっとむかつくのが、チョー、ハンサム!それにサーフィンもうまい。さらにスノーボードも上手い。書いてるうちにかなりむかついてきたぜ。さらにさらに、あの人気ブランドのライス28の創設者で社長!今のドメスティックブームを作ったのは間違いなくCさんだ!ライス28が出来た当時、ブランドとして存在したのはモスと小鹿坂ぐらいかな。もちろん愚列胃も、間食う、ゼロゼロイチなんてブランドもなかった時代。ライス28は登場した。(プロジェクトX風に読め!)C君から初めてその話聞いたとき、正直無理だよねって思った。そして、板のデザインみて、さらにヤバいなと思った。ピンクのデッキに東京タワーのグラフィック(結構カワイめ)。正直だめだなって思った。当時の小鹿坂製のシェイプも細くてなんか行けてなくて、C君だいじょうぶって感じだった。しかし、僕の予想は、完全にはずれて予想以上の反響で大ヒットブランドに成長した。ライス28がなかったら、小鹿坂工場も今みたいなスノーボードを作れてないでしょ。もちろんスクーターの存在なんてあり得なかったと思う。誕生から10年たっても未だ人気は衰えない秘密は、オシャレなグラフィックと乗りやすい板にあると思う。以前C君から聞いたことがあるんだけど、「JOYRIDE(当時の大ヒットブランド)見たいなスノーボードを日本で作りたい!」って。そのスピリットみんなに通じてますよ!ライス28からは楽しむって感じが伝わったくる。そんな純粋なスノーボードのブランドって少ないよね。
    実は、僕もスノーボードのブランドを手伝ったことがあって、日本のスノーボードにアイコンを取り入れたのは僕なんです。当時スノーボードのグラフィックは全てのサイズに違ったロゴやグラフィックを入れていて統一感がなかった。そこで考えたのがソールのグラフィックの統一化!全てのボードに同じトレードマークを入れたんだ。これを日本で初めて実現したのが僕とTXです。「日本にtype Aみたいなブランドを作りたい」って言ったら、「言いよ」っていてくれて、実現したら、大ヒットした。今やいろいろなブランドが真似するこの手法は日本ではTXが最初だったんです。はい!
    そういえばライスもいつからかマーク統一してるよね。あのマークはカッコいいね!
    ライス28は10年近く人気を保っているんだけど、これは並大抵のことじゃない。しっかりした商品を作り続けた来た結果が、みんなの指示を受けてるんだろうな。ここ2〜3年で出来たブランドとライス28を同じ工場で作ったとしても同じ板は作れないんだよ。10年の知識と経験の積み重ねって簡単には逆転できない。ライス28には安心できるブランドだと思う。
    さて最後に、クイズです。この文章にC君の本当の名前が隠されています。でも、当てても何ももらえません。


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    米男28ことライス28の創始者C君を紹介するぜ!
    このブログは、スノーボードウエッブサイトマガジンハードコアサイト部門NO1(勝手に決めている)、のHEAVYSNOWKERによって運営されていますので、もちろん本人の許可はいっさい取っていないぜ!

    C君とは知り合ってもう12年ぐらいなると思う。そんなに親しかった訳ではないけど、最近仲良くさせてもらってます。この男がすごいのが、そしてちょっとむかつくのが、チョー、ハンサム!それにサーフィンもうまい。さらにスノーボードも上手い。書いてるうちにかなりむかついてきたぜ。さらにさらに、あの人気ブランドのライス28の創設者で社長!今のドメスティックブームを作ったのは間違いなくCさんだ!ライス28が出来た当時、ブランドとして存在したのはモスと小鹿坂ぐらいかな。もちろん愚列胃も、間食う、ゼロゼロイチなんてブランドもなかった時代。ライス28は登場した。(プロジェクトX風に読め!)C君から初めてその話聞いたとき、正直無理だよねって思った。そして、板のデザインみて、さらにヤバいなと思った。ピンクのデッキに東京タワーのグラフィック(結構カワイめ)。正直だめだなって思った。当時の小鹿坂製のシェイプも細くてなんか行けてなくて、C君だいじょうぶって感じだった。しかし、僕の予想は、完全にはずれて予想以上の反響で大ヒットブランドに成長した。ライス28がなかったら、小鹿坂工場も今みたいなスノーボードを作れてないでしょ。もちろんスクーターの存在なんてあり得なかったと思う。誕生から10年たっても未だ人気は衰えない秘密は、オシャレなグラフィックと乗りやすい板にあると思う。以前C君から聞いたことがあるんだけど、「JOYRIDE(当時の大ヒットブランド)見たいなスノーボードを日本で作りたい!」って。そのスピリットみんなに通じてますよ!ライス28からは楽しむって感じが伝わったくる。そんな純粋なスノーボードのブランドって少ないよね。
    実は、僕もスノーボードのブランドを手伝ったことがあって、日本のスノーボードにアイコンを取り入れたのは僕なんです。当時スノーボードのグラフィックは全てのサイズに違ったロゴやグラフィックを入れていて統一感がなかった。そこで考えたのがソールのグラフィックの統一化!全てのボードに同じトレードマークを入れたんだ。これを日本で初めて実現したのが僕とTXです。「日本にtype Aみたいなブランドを作りたい」って言ったら、「言いよ」っていてくれて、実現したら、大ヒットした。今やいろいろなブランドが真似するこの手法は日本ではTXが最初だったんです。はい!
    そういえばライスもいつからかマーク統一してるよね。あのマークはカッコいいね!
    ライス28は10年近く人気を保っているんだけど、これは並大抵のことじゃない。しっかりした商品を作り続けた来た結果が、みんなの指示を受けてるんだろうな。ここ2〜3年で出来たブランドとライス28を同じ工場で作ったとしても同じ板は作れないんだよ。10年の知識と経験の積み重ねって簡単には逆転できない。ライス28には安心できるブランドだと思う。
    さて最後に、クイズです。この文章にC君の本当の名前が隠されています。でも、当てても何ももらえません。


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    スノーボード に参加中!
    バリ
    田代
    このきれいな海!山を残したい!

    今日は、まじめな話。それぞれ意見はあると思うけど、環境問題。特に地球温暖化について僕の意見を書いてみます。
    先日、テレビで溶岩を家の外壁に使って地球温暖化を防ぐ活動をしている人を見た。僕が今住んでいるのは、マンションなので、使用することは出来ないけど、もし家を建てることがあれば、使ってみたいと思う。(登山家の野口健もその活動を手伝っている。)
    さらに、太陽光発電や、生ゴミ処理器とか、オール電化とかも検討してみたいと思っている。こういう省エネ商品を使って家を建てると価格が高くなってしまうんだけど、スノーボードで稼いだお金はこういうものに使いたいと思っている。寄付とか、ボランティアとかあまりしたことないし、がらでもないので、自分が出来ることをやっていこうと思っている。

    最近、僕がしたエコ活動は、マンションの駐輪場の抽選を当てたこと。それが、なぜ、省エネ?って思うでしょ。僕が買おうと思っているのは、ヤマハの’電動’原付バイク。つまり僕が、駐輪場を当てたので、一台ガソリンのバイクが減ったってわけ。自己満足だけど、これもエコだぜ!

    車も同じだと思う。僕は、環境基準をクリアーした車に乗っているんだけど。これもエコだよね。
    rewのライダーのサッチーも愛車がディーゼル車だったけど、ガソリン車に買い替えた。大阪のあるショップの店員さんもディーゼル車から、ガソリン車に乗り換えたそうだ。乗り馴れた車手放すの寂しいけどね。これも出来る範囲のエコ。rewの谷口は、お金が出来たらハイブリット・ハリアーを買いたいと言っていた。まだ買っていないけどね。この気持ちもエコだともう。又、僕の知り合いでも古いディーゼル車に乗っている人がいる。これは許せないけど、でも彼の家にはクーラーがない。その面では僕よりエコだ!いろいろなエコな形がある。人それぞれだ。でも僕は古いディーゼル車は反対だけど。環境問題は難しいなー。
    でも古いディーゼル車は、有害物質を出すらしい。それが問題だから、規制されているみたい。ヨーロッパはディーゼル車が増やしているけど、日本より規制が緩いらしい。だから、ヨーロッパのディーゼル車は日本には持って来れないみたい。しかし、東京都もディーゼル車の可能性には期待しているみたい。現在の物ではだまだだめらしいけれど、近い将来、環境に優しいディーゼルエンジンが完成するみこみらしい。そうするとガソリンエンジンより環境に優しいらしい。
    つまり、いろいろ言ってきたけど、現在は、ハイブリットや、ガソリンの低燃費車ができる範囲の一番良い選択らしい。
    この件に詳しい人は教えて!僕は詳しくないので。よろしく!

    いろいろぐたぐた書いてきたけど、僕らは、サーファーでありスノーボーダーである以上普通の人より環境に関して考えなくてはならない。そして、できる限りの環境を守る活動をしなければならない。なぜなら、自然に遊ばせてもらっているんだから。

    最後に一つ、「自分に出来ることをやればいいと思う。」けっして、「自分だけやってもなにも変わらないって。」って思わないで欲しい。一人、一人の力で、雪山、海、綺麗な空を残していこう!

    偉そうなことを言ってきたけど、僕もまだまだ。

    ちょっと今日はロックな感じじゃないので、「フォークで行こう!」って感じだぜ。
    次からは又ロックで行こう!!

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